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2024年5月 5日 (日)

吾妻鏡第十五巻 建久六年(1195)正月大八日甲午

豊後守毛呂季光と中条右馬允家長とが喧嘩を起こしました。今にも合戦をしようとしたので、それぞれの関係者が走って集まってきました。
それなので、侍所長官の和田左衛門尉義盛を派遣して、仲直りをさせました。
中条家長は、八田前右衛門尉知家に命じて、幕府への出仕を止められました。それは、八田知家の養子だからです。
毛呂季光に対しては、御所に呼び入れて、「源氏の一族でありながら、御家人に対して戦争をして命を失うかもしれない行為をしようとは、とても温厚な者の行いではない。」と直接批判の言葉を与えられましたとさ。
この騒ぎがあったので、今日の般若心経を唱える法事は延期しましたとさ。思いもかけずに魔性と関わってしまったので、恒例にしている法事を後回しにしました。と云うことは、この両人の不和の出来事は、二つの神のおぼしめしに反することになるのでしょう。この原因は、毛呂季光は訳があって、源氏一族に準じて扱わられているので、相当得意に思っているのです。中条家長は、立派な大人なのにもかかわらず、八田知家の養子となっています。これも知家の権力を借りて、無礼な態度なので、毛呂季光が注意をしたからです。

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