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2024年2月16日 (金)

吾妻鏡第十四巻 建久五年(1194)七月小二十八日丁亥

前中納言一条能保様からの伝令が到着して申し上げました。

宇都宮左衛門尉朝綱法師に、国司の訴えで、その罪が確定し、先日の二十日に流罪の太政官布告を発出されました。朝綱は土佐国(高知県)。孫の弥三郎頼綱は豊後国(大分県)、同じ孫の五郎朝業は周防国(山口県)です。又検非違使の基重〔右衛門志〕は、宇都宮朝綱の味方をした罰で、京都市内から追放の罪にされましたとさ。

このことについて将軍頼朝様は大変お嘆きになられました。板垣三郎兼信、佐々木左衛門尉定綱、宇都宮左衛門尉朝綱法師は、皆それなりの身分ある人達なのです。佐々木定綱は、延暦寺の訴えなのでどうしようもなかったが、今の朝綱の罪は、国の年貢を横取りだなんて、関東にとってはえらく名誉を失う出来事だそうだ。

すぐに、結城七郎朝光に様子を見に京都へ行かせましたとさ。

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